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【教えてのりそら先生】学校(公教育)の課題(前半)

学習・学校

みなさん、こんにちは。

のりそらです。

学校経営理念

私は、『教育に選択肢を、人生に革命を』を経営理念に、

学校教育目標

教育目標を『明日も行きたくなる学校』すなわちNEXTAGE SCHOOLとした次世代の学校の運営をしています。

ここでは、教育に関わるテーマを1つ挙げて、それについての考えを共有しつつ問題提起を行っています。

さて、今回は、学校教育の課題について考えていきたいと思います。

本日の内容:【教えてのりそら先生】学校(公教育)の課題(前半)

本日の内容:【教えてのりそら先生】学校(公教育)の課題(前半)

題して「【教えてのりそら先生】学校(公教育)の課題(前半)」といった内容でお届けします。

先日お話させていただいた通り、私のりそらは18年務めてきた公立学校の教員の職を辞しました。

辞めた理由については、これまた前日お話をさせていただいたところですが、今回はもう少しその理由を掘り下げて、具体的なお話をさせていただければと思います。

今回この内容を知ることで、これまでの当たり前を疑い、公教育の課題について考えるきっかけとしていただくことができます。

同時に、子どもたちが受けるべき教育について再考することができます。

現行の学校教育に何かしらの疑問を抱いてなんとかしたいと思っていらっしゃる先生方、お子さんにより良い教育をと考えておられる教育に関心の高い保護者の方々に向けてお話をしていきます。

どうぞ、よろしくお願いします。

それではいってみましょう!!

学校(公教育)の課題

学校(公教育)の課題
学校(公教育)の課題

私が考える学校(公教育)の課題は、ザックリ8つあります。

その8つとは、

①変化しない

②自分で決めない

③言われたことしかできない

④わからなくても進む

⑤勉強がつまらない

⑥最新技術を学べない

⑦優劣をつける仕組み

⑧行くことを楽しめない

この8つです。

長くなってしまうので、前半と後半に分けてお話をします。

今回は、前半の4つについてお話させていただきます。

では、4つを1つ1つ見ていきましょう!!

学校(公教育)の課題①変化しない

学校(公教育)の課題①変化しない

まず、”変化しない”というところが課題であると考えます。

時代は確実に変化しているし、これからも変化していきます。

ところが、学校はなかなか変化しません。

歴史上の人物が現代の学校に突然現れても難なく順応できるであろう、なんて皮肉めいた話があるくらいです。

社会に求められる人材と公教育が生み出す人材にミスマッチが起こっています。

そのことに気がつくのは、いざ社会に出ようとした時、または社会に出てからというのが現実です。

何も疑わず、何となく当たり前に、言われるままに流されてきたところ、大事なところで『自分で考えなさい』と言われる感じです。

これでは多くの人が対応できなくなるのが当然です。

これまでの教育によって生み出された”言われたことをきちんとできるだけの人材”は、AIに代替されます。

AIは、言われたことを正確に行うことが大得意です。

人間が求められているのは、人間にしかできないことです。

近年の学校の変化を見ていきます。

小学校の1クラスの人数の上限が35人になりました。

これが我々が子どもの頃以来の変化です。

この変化を喜ぶ声もありますが、果たして35人というのは適正でしょうか?

担任1人で、35人の児童の個性に十分に対応できるでしょうか?

もっと抜本的な改革が必要だと思いますが、抜本的な改革は期待できません。

学校を変えるのは容易ではありません。

学校が変わらないのであれば、自分が変わるしかないのです。

学校が変わらないのであれば、保護者が導いてあげるしかないのです。

学校(公教育)の課題②自分で決めない

学校(公教育)の課題②自分で決めない

”自分で決めない”というのも、公教育の課題であると考えます。

これからの時代に必要な力は、”自己決定力”です。

自分で物事が良い方向に進むように決定できる力です。

にもかかわらず、公教育では、自分で決めずに、学校が、先生が決めることが多すぎて、子どもたち自身が決める機会を奪っています。

例えば、何を学ぶか?

これについては、丁寧にその日の1時間目から6時間目まで学習する内容を先生が決めてくれます。

これが一年中続きます。

国語の時間には、一斉指導のもと国語の授業を受けなければならないのです。

ただし、利点もあります。

何も考えなくても、一言も発さなくても場合によっては授業が終わる、という利点です。

少し意地悪な言い方をしてしまいました。

このように子どもたちは決めるということをせず、多くの子は思考停止状態でこれに従っています。

自分のモチベーションに合わせて学習したら、もっと成果が出るはずなのに、そうは仕組みがなっていません。

本当に子どもたちは学習に自分の持つ力の全力を注げているのでしょうか?

まだ見ぬ力が眠っているようにしか思えません。

学校(公教育)の課題③言われたことしかできない

さらに、”言われたことしかできない”子に育つという点も公教育の課題であると考えます。

前述の通り、決めさせていないので、言われたことしかできない子に育っていきますよね。

だって、言われたことをきちんとしていると褒められますからね。

言われたことができるという価値は、学校ではかなり高い価値となっています。

そもそも子どもたちに自分たちで考えて行動するだけの裁量が与えられていません。

ですから、言われたことしかできないのは当然です。

子どもたちに非はありません。

学校(公教育)の課題④わからなくても進む

学校(公教育)の課題④わからなくても進む

さらに、”わからなくても進む”という点も公教育の大きな課題であると考えます。

一人ひとりに対応していたら、全体が進まないので、そうせざるを得ないのが現実です。

ですが、果たしてこれで救われているのはどんな子どもたちなのでしょうか?

どの層に焦点を当てているのでしょうか?

中間層と思いきや、中間層のためにすらなっていないような気さえします。

少し具体的な話をさせていただくと、テストや通知表は何のためにあるのでしょうか?

テストで大事なのは、全ての内容を理解できているかを確かめることだと思います。

点数が何点であるかは、その時点では仕方がありません。

例えば、60点だったら、間違えた40点のところをしっかり復習して、できるようになって次に進むためのテストであるべきです。

しかし、現実は、数字にばかり目がいき、90点だったら大して復習をせずに次へ進んではいないでしょうか?

通知表はどうでしょう?

学期の最後にできたかできなかったかが保護者目線では明確な基準さえわからずに提示されます。

通知表を見ただけでは、具体的にその後に何を復習したら良いのかがまったくわかりません。

わからないので、通知表は、ただの曖昧な基準の報告にしかなっていないと思うのです。

大切なのは、通知表の結果を受けて、復習すべきところを復習して次へ進むことであるはずなのに、そのようなものにはなっていません。

先生の立場としても、そのようなものの作成に多大な労力を割かざるを得ない状況なので、誰のためにもなっていないような気がします。

賢い人ならこういうことに気づくはずです。

以上、今回の内容「【教えてのりそら先生】学校(公教育)の課題(前半)」でした。

まとめ

教えてのりそら先生】学校(公教育)の課題(前半)

さて、今回は、「【教えてのりそら先生】学校(公教育)の課題(前半)」というお話をさせていただきました。

今回は4つについてお話させていただきましたが、どれも一教員の立場で変えることの限界を感じて苦しくて苦しくてたまりませんでした。

もちろん、一個人の努力で変えようと努力をしてみたのですが、限界を感じました。

それならばいっそのこと、現在の自分のように立場を変えた方がこれらを改革できると思い、教職を辞しました。

次回は、後半です。楽しみにしていただけると嬉しいです。

私のりそら、日本の、世界の学校の未来がより良いものとなるようこれからも発信していきます。

加えて、これまでのように先生方の日頃の頑張りを世の中に伝えていきたいと思います。

先生方は、どうか日本の子どもたちのために、目の前の子どもたちのために、真っ直ぐにエネルギーをお使いください。

私のできることはさせていただきます!!

のりそらからは以上です!!

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